次に、あくをとって、刻んでつぶします。

今日の私の格好を見て、「休日に子供を動物園に連れて行くお父さんだ」とさ。それもいいね。養子でももらおうかしらん。
某集まりにて。「なんできたの?」に、「友達いないもんで、とりあえず集まりがあるって言うからきた」と半分冗談半分真実で答えると、「要するに寂しいから来たわけ?ったく、しょーがねぇなぁ。囲碁部にでも入れば?」って意味が分からない。
しかし、泣きたい。泣いてすむなら泣きたい。だれか変わりにやってくれぃ。ゴーストライターor秘書orマネージャーorお嫁さんorお手伝いさん募集です。お金は無いが、もれなくつまらないジョークや落語を聴けます、というか聴かされます…って、いいとこないじゃん。
とりあえず今日までの原稿、というか提案を1つ、さくっと仕上げる。作業自体は大変だが、好きなことなんであまり苦ではない楽しい作業。はじめてやることなので、出来は分からんが。反応待ち。今さらながら幸運な巡り会わせと、そのきっかけを作り上げた方々に感謝です。何を言っているかわからない方々、形になったら報告しますので少々お待ちを。ある人に、「ひょんなことで…」とちょっと話したら、「すごいひょんだね」だってさ。
で、ぜみ発表。行きの電車の中で予習していると、分からないことだらけで、普通だったら考えたり調べたりするのだろうけど、面倒なので「虫の真似をして笑いをとってごまかす」作戦をとることにする。と、状況も味方して、怖いくらいに作戦成功、笑いもとり、人々の目をくらまし、なおかつ短くすんでしまう。「飛びます飛びます」って、坂上二郎みたい。ちなみに一番爆笑されたのは、ため息をついたときだった。
無理矢理好意的に解釈するならば、自分の言葉で語っているからな気がする。受け売りだろうと、一応咀嚼して、さも自分のもののように喋るから。これは一応自分の長所かもしれない。「就活本読んだら君のよさは失われるよ」というようなことを言う人がいたのも、要するにそういうことなのではないか。前にも書いた気がするが、こういうのって私になじみの薄い人には新鮮なのかもしれない。ただネ、当たり前だが当人は「自分の言葉」にずっとふれてきているので、そろそろ本気で嫌気がさしてきたのです。談志の影響をすごく受けているのだけれど、それでも、ここまでの数十行だって、その文体、語彙、リズム、思想、どれをとっても自分臭さがぷんぷんしてて、飽きてくる。だから、やめようと思います。自分らしさ消します。全ての言行動にするのは難しいだろうが、せめて、ここの文体だけでも変えてみようかと。この発想自体、自分っぽさがにじみでてて、結局自分という呪縛から抜け出せないことははっきりしているんだけど、それにそんなことしても何にもならないけど、まぁ、要はいつもの思いつきです。有言不実行な男なんでどうするか分かりませんが、手っ取り早く明日から、誰かのブログの文体模写でもしてみようか。