まわる。

駅を出て少し歩いたところに、「蘭豆」(らんず)という喫茶店がある。
テーブルが数卓しかない小さなお店で、ご主人もウェイトレスさんも、とてもてきぱき働いているのだけれど、忙しい雰囲気はまったくなく、すっと落ち着ける。レジが木製だったりするのも、ぜんぜんイヤミじゃなくて、とにかくすごくいい感じだ。
中学生の時はやたら喫茶店に行っていた。塾で、授業の合間に長めの休み時間があると、あちこちの喫茶店に行っては、紅茶のストレートを頼んで一服していたのだから(当時はまだ珈琲を飲めなかった)、つくづくませたガキだ。
でも、蘭豆は知らなかった。はじめて行ったのは、講師のアルバイトとして再び塾に戻ってきたときで、かつて指導を受け、こんどは同僚になった先生に連れられてである。
当時私は要するにクサっていて、暗い思考の中にいた。あらゆることが無力で無意味に思えていて、たぶん、そんなような発言をしたんだと想う。先生は、ただ「あいかわらず(見切りをつけるのが)早いなぁ」とおっしゃった。
また、これから指導を始めようという私に、「まずは“勉強はつまらない”っていうすりこみを解くとこから始めるといいよ」というアドバイスをしてくださった。この助言は、講師時代はもちろん執筆期間中もずっと心に留めていたことだ。なるほど、この本は、あの瞬間この店で生まれた。
あれから季節は3回ほどめぐり、かつて教わり教えた塾は既になくなってしまったし、私は今、当時思いもよらなかったところにいる。
そのひとつひとつが、いいとか悪いとか、そういうことじゃないんだろう。酸味のきいたヨーグルトを食べながら、ただ時の流れを想っていた。
近いうち、久しぶりに先生とお会いすることになっている。