タッチ

26巻のマンガを2時間の映画にまとめる。あだち充の世界を映画で再現する。どう考えても無理なわけだが、あの変人犬童一心なら何かやってくれるんじゃないかと思ってた。やってくれた。出来不出来はともかく、仕掛けている。個人的には好きな映画です。
もう既に神話になっているような作品。しかも、あだちはわりと読者にゆだねる作風だから、読者にはそれぞれの読者なりにイメージをふくらませ、固定化させている。しかもアニメ化もされていたから、声のイメージも固定化されている。そりゃ、どう作っても反発が来るだろう。私にだってあった。このセリフは違うだろうとか、あのエピソードがないとか、あのキャラがいないとか、南が新体操やってないとか、達也も野球やってたの?!とか、主題歌はやっぱり岩崎良美だとか。「ならば」と、この映画は開き直って違う土俵で勝負してきた。
いつか書くかもしれませんが、私もあだち充は大好きで、『タッチ』も好きです。でも、あくまでも、南は男の理想の産物。高校生にもなって自分のことを名前で呼ぶ。才色兼備、完璧、寸分の隙もない。実際にいたら、イヤだと思うよ。第一、自分の夢を他人に負わせる。しかも最初の時点では、和也に負わせといて、それでいて自分は達也が好きだという。うがった見方をすれば、とても残酷。そのあたりを、映画ではうまく処理していたと思う。南の母の死とからませて、「甲子園は3人の夢なんだ」と。で、「幼馴染の3人」であり「三角関係」であり、「1人を失った2人」であるという構図でみせていく。そういう意味で、足してたシーンもわりとよかった部分が多いのではないか。「そんなに和也に会いたいか、達也。会ってどうする?」「とりあえず殴る」
つくりの甘さや雑さはあれど、難しいことに対してよく健闘したのではないかと。野球シーンもわりと見れたし。ま、全部やろうとしてなんにも残らなかった「H2」のドラマと比べても仕方ないのですが。
補足をいくつか。

  • 映像として映えるように原作を変えて、同じことを言おうとしている部分が結構あった。
  • 今回のように、キャラのエピソードを積み重ねられない場合の方法として、役者の魅力に頼ってしまう、というのがありますな。これは映画の醍醐味の1つでしょう。昔でいえば、ちょい役で志村喬がでてくると、その後ろにその人の人生を感じられたように。また、『どら平太』は、悪役の詳細を描く余裕がなかったもんだから、菅原文太の威厳だけでこいつはワルだと説明してた。あまりメジャーでない例で恐縮だが。
  • でも、ともすると上記2点は、記号化の危険がある。このシーンはこういう意味、とか、あるせりふを言うためにある登場人物が登場する、というように、まるでパワーポインタ見せられているみたいになる。で、その意味で、この映画はギリギリアウトな気がする。
  • たとえば、原作知らないで観た人はどう思うのか。敬遠シーンとか、必然性が感じられない展開に、画面の横滑り感を感じてしまったのではないか。では、原作ファンにとってどうなのか。わざわざ自分のイメージをくずされに行って気分を害して帰ってきた人が多いならば、災難だ。
  • もっと言えば、何で今このタイミングで『タッチ』なのか、ということになる。あれはあくまでも80年代の神話ではないのか。とりあえず客が入っているからいい、と言ってしまえばそれまでだが、よくよく考えると、うーん、となる。ひとつは、東宝長澤まさみを得たから、と言えるかもしれない。逆を言えば、東宝が長澤を売るために、ということ。彼女は東宝シンデレラ出身。
  • デビューの『クロスファイア』から数本観てますが、個人的には長澤まさみ、いいと思います。久しぶりに出てきた"スター"だ。手足が長くて、人間じゃないね。非常にスクリーン栄えする。『せかちゅー』の魅力は殆ど彼女だった気がするくらい。滑舌が悪くて何言ってるかわからないという声もあるが、そんなことは二の次なのです。世界のミフネこと三船敏郎(ベネチア映画祭男優賞2回受賞)なんて、何言ってるかまったく分からなかったんだから。そんなことがかすむほどの存在感だったのだ。映画って、そういうものだと思う。真っ暗闇の大スクリーンに映る、スター。誰もが彼&彼女に感情移入して、恋をして、あーよかったな、と思って帰ってくればいい。先のことは分かりませんが、できれば大事に育ってほしいものです。ま、あの甘ったるい喋り方は好みが別れるだろうが。
  • また話はずれるけど、東宝が自社製作してるって言うだけで、結構衝撃だけどね。東宝は本当に節操なくて、黒澤明とか名作を量産しといて、映画界が斜陽化したらさっさと手を引いて、ずーっと配給中心の不動産屋になってたんだから。がんばれ邦画界。
  • 話は戻って、最初のほうの3人のじゃれあいとか、南が走ってたりとかは結構好き。長澤本人も、「走るシーンは嘘がないから好き」とどこかで言ってた。私も好きです。たとえば、『七人の侍』で勘兵衛が刀もって走りだすとことか、いいよね。話はそれるが「あんだけ走って汗かかないのか」と誰か文句言っていたけど、あだち充がどこかで「タッチは汗をかかない熱血」と言ってた。ま、単純に寒い時に撮影したからだろうが。
  • あ、あとさっきの、考え方によっては南は…みたいな話を周りの人にしたら、「それはお前がひねくれすぎている」と非難された。以上、長文失礼。